バジャンは神との約束事
SSO第五地域バジャンコーディネータより
オーム サイ ラム!
悠久の昔より、人はつねに神を捜し求めてきました。人は平安と幸福を求め、自分がどこから来たのか不思議に思い、自分という存在の源が何であるのかを考えてきました。もし、人間がサット・チット・アーナンダ(絶対存在・純粋意識・至福)であるとすれば、生まれながらの権利である真理と自覚と至福を、いったいどこで見つけることができるのでしょう?
このカリユガ(暗黒の時代)に生まれた私たちは、アヴァターの時代である今の時代に生まれて、本当に恵まれています。私たちはまた、神が生きてこの地上を歩いておられることを知る幸運に恵まれ、さらにありがたいことには、神に会うためにプッタパルティに行って、ダルシャン(神の姿を見ることによる祝福)や、スパルシャン(神と言葉を交わすことによる祝福)、サンバシャン(神の身体に触れることによる祝福)を受けることまでできるのです。スワミは、御講話の中で、非常にストレートに、バジャンは神に意識を合わせるための方法であると教えておられます。
神と神の御名は一つです。バジャンは帰依心と愛を放射します。スワミは、
「わたしがバジャンから得る喜びは、それ以外の何ものからも得られません。わたしがこの活動を強調しているのはそのためです」
とおっしゃいます。
神聖な御名を唱えるだけで、喜びが与えられ、それを歌うことは、魂の糧になります。ですからバジャンは、御名に音楽と感情と心からの愛が伴ったものであり、私たちとサイを直接つなぐホットラインです。ババ様は
「愛をこめてわたしの名前が唱えられる所には、どこであれ、またいついかなるときであれ、わたしは腰を据える」
とおっしゃいます。
私たちはこれ以上何を望むことができるでしょうか? それは、私たちのあらゆる問題や疑問に対する、何という単純な解決法でしょう! バジャンを歌うことは、この上なく簡単で、最も喜びに満ちた道です。それはバクティ ヨーガであり、神にいたる王道なのです。
ババ様はよく、「一体性、純粋性、神性」とおっしゃいます。そして、サイ バジャンこそは、まさにこれらの原理のすべてを満たすものなのです。というのも、バジャンのセッションで、
人々が集まることは、一体性を生み出し、
一緒に歌うことは、純粋さをもたらし、
一緒に祈ることは、神そのものである、
からです。
こうしてみんなで一緒の行為がサイの御教えを十分に意識して行われるとき、バジャンは私たち全員を不思議な力で一つに結びつけ、愛の絆と(きずな)平和のオーラを生み出します。
*自粛中の今は家庭でのファミリーバジャンを定期的に行うようにしましょう(編注)
バジャンは神との「約束事」です。バジャンを歌うという行為は、神との対話であると理解することができます。私たちは、ババ様が玉座にお着きになる前にバジャンの席に着いていなければなりません。いったんオームカーラが唱えられれば、スワミは玉座に腰を下ろされます。祭壇に飾られたお写真がババ様そのものとなって、そこにババ様のすべてが体現されます。そして私たちは、愛と帰依の心をこめてババ様にバジャンをささげることができます。それは、最も喜びに満ちた霊性修行の方法です。目は栄光に満ちた御姿を満喫し、耳は妙なる音楽で満たされ、唇は神の甘い御名を歌います。手は拍子に合わせて打ち鳴らされ、呼吸は心を静める線香のかおりを吸い込みます。こうしてすべての感覚が神に結びつけられるのです。
どうか、スワミからの祝福によって、私たちが愛と帰依の心をこめて、バジャンを歌い続けることができますように、心よりのお祈りをささげます。ジェイ サイラム。
サティヤ サイ国際オーガニゼーション 第五地域バジャンコーディネーター L・P・チャブラニ