バジャンの歴史

ヴェーダがすべての根源

唯一の古代音楽とも表されるヴェーダは始め単音から2音階で構成されていたとされています。やがて3音音階になり、次第にサーマヴェーダの7音音階へと進行されました。

その後、ガンダルヴァやマールギーサンギータと呼ばれるシヴァ神を讃える音楽やラーマーヤナ、マハーバーラタにちなむ譚詩が表れました。

南北インド音楽の礎

13世紀になると賛歌は南インドと北インドそれぞれの地域による独特の音楽として、南インドで発展したものはカルナータカ音楽、北インドで発展したものはヒンドゥスターニ音楽と呼ばれるようになります。この2つは細かな様式こそ異なりますが類似しています。

その頃に、シャールンガデーヴァ(1175-1247)の「サンギータ ラトナーカラ(音楽の大海)」という南北インドの音階、ラーガ(旋律)、ターラ(リズム)、音楽形式、楽器などについて詳しく記された著作が現れます。


秘教化による反動で生まれたバクティ運動で発展した賛歌

同じ13世紀に、有名なジャヤデーヴァ(1170-1245)によって作られた「ギータ ゴーヴィンダ」というサンスクリット語の叙事詩が、初めて歌にラーガ(旋律)とターラ(リズム)の両方が加えられたものであるとされています。

このようにヴェーダから発展した賛歌は、全インドのヒンドゥー寺院や儀式の中で活きていましたが、徐々にヒンドゥー教義は秘教化の傾向が強くなり、人々の興味や熱意は次第に薄れていくようになりました。その結果、衰退への反動として、神への信愛が非常に強い人々による「バクティ運動」とよばれるうねりが生まれました。それは多くの偉大な音楽家たちを輩出しました。彼らによって、神に捧げる賛歌は寺院の中だけでなく、秘教の枠を超えて一般大衆に広まって行きました。

ミーラーバーイ(1498-1546頃)

バジャンの伝道者たち

バクティ運動の音楽家たちは、魂を込めて神への賛歌を道々に歌って愛と信仰のメッセージを伝道して行きました。

南インド音楽の父と呼ばれたプーランダラダーサ(1484-1564)、北インド音楽にバクティ運動の波を寄せたラーマーナンダ(1400-1470頃)、そしてナームデーヴ(1270-1350)、カビール(1398-1448頃)、チャイタニヤ(1485-1533)、グル ナーナク(1469-1539)、ミーラーバーイー(1498-1546頃)、トゥッカーラム(1598-1649)などによってバジャンが確立されて行きました。



楽聖ティヤーガラージャ (1767-1843)

そして今から250年前に、ついに傑出した楽聖ティヤーガラージャ(1767-1843)が登場しました。彼はこう詠います。

音楽とバクティ以上に神聖な道はあるだろうか

おおいなる魂よ、7音の神々に敬礼を捧げよう

音楽の知は、神との融合の至福へ導く

「An introduction to Indian Music」

ティヤーガラージャにとって音楽とは、原初の音のうえでの瞑想であったと言われています。


彼についてスワミは次のように述べています。

『いかなる言語、いかなる国の歴史をひもといても、音楽と霊性修行の両方における、これほど自然な科学と芸術の熟練はめったに見られません。ティヤーガラージャは、完全に我を忘れ、無意識で歌いました。それゆえティヤーガラージャの歌は、聞き手だけでなく歌い手に至福を与える不思議な伝達力をもっているのです。-ババ-』

1957.7.11, SSS Vol.1 p136

『わたしは聖者ティヤーガラージャが好きです。彼に対するわたしの愛情は、今日始まったことではなく、何世紀も前にさかのぼります。-ババ-』

1957.7.11, SSS Vol.1 p135

グルナーナク(1469-1539)

ようやく現在のバジャンの形式に

バクティ運動によって拡がった賛歌の形式は、主に神への愛を込めたシンガーの独唱によるバジャンを大衆が聞くことで各々の信愛を深めるというものでした。

現在歌われている集団で歌うバジャンの形式はシーク教の創始者であるグル ナーナクによって16世紀始めに確立されました。つまり、最初にリードシンガーが歌い、それに倣って大衆が後について一緒に歌うというものです。大衆が揃って賛歌を歌うことができるこの形式のバジャンはサンキールタンとも呼ばれ、インド全土に拡がりました。

スワミはこうおっしゃいます。

最初に集団で歌うことを始めたのはグル ナーナクです。たくさんの声が合わさって一つの声になって祈るとき、それはコミュニティー バジャンと呼ばれます。グル ナーナクはそうしたバジャンを始め、それは国中に広まりました。このような神聖な人物がインドに生まれ、そうした多くのよいことを教えました。非常に大勢の人が声をそろえて共に斉唱するときの響き、それはなんと喜びを与えてくれるものでしょう!これぞ多様性の中の一体性にほかなりません。わたしたちも同じことをして、真の幸せを享受しなければなりません。-ババ-』

2002.5.29, SSIB2002 pp.208-209

『もし千人の村人が神の栄光を共に歌うなら、千人が自己主張をして互いに相手を怒鳴るよりも、大きな調和と社会的団結を生み出します。神の御名を共に歌うなら、神の愛(プレーマ)が村に満ちあふれ、あなたの努力はすべて実を結ぶでしょう。しばらくの間実践すれば、あなた自身が、変化した雰囲気の証人となることでしょう。時折、妬みと憎しみという雲がかかって人間関係に影を落とします。その主な原因は恐れです。恐れは怒りを引き起こします。それらはすべて、信愛(バクティ)が生まれると共に消え去り、そのあとには謙遜と英知が現れるでしょう。-ババ-」

1959.9.9, SSS Vol.1 p143